これだけでも、従来の常識を覆す驚愕の新説だが、トンプソン博士の驚くべき主張は、ここからが本番だった。トンプソン博士は、地図研究の第一人者でもあり、約5年前 中国人の弁護士Liu Gangが上海の古物商から購入した古い地図の研究やマルコ・ポーロの娘の証言など総合して研究した結果、驚くべき結論を導き出したのだ。地図の注記には1763年に、明代1418 年、Mo Yi-tongによって書かれた地図からの複製と書かれていた。コロンブスのアメリカ発見が、1492年だから、コロンブスの74年も前に書かれた世界地図だったのだ。
地図は、一見、全体として世界の地勢を正しく表しているが、細かな部分では、色々なエラーや余分なものの書き込みなどが多く見られる。トンプソン博士によると、これらのエラーは、地図のDNAのようなもので、このDNAを他の古地図と比較検討していくことで、地図が実際に古いものの写しであることが証明できる。これらの事実からトンプソン博士が、導き出した結論とは、マルコ・ポーロのアメリカ大陸到達と言う、驚くべきものだった。
フビライの信頼を勝ち取ったマルコ・ポーロは、元の艦隊を組織して、更に東方を調べる為に大航海に乗り出したというのだ。マルコ・ポーロの艦隊は、オホーツク海、ベーリング海を越え、アラスカ沖を南下して、南米にまで到達した。こうして新大陸の情報を手に入れたマルコ・ポーロ一行は、バチカンに膨大な機密情報をもたらした。
ヨーロッパの大航海が始まったのは、実はマルコ・ポーロたちにより世界の地形情報が集められた結果であったのだ。トンプソン博士の閉めの言葉は「Columbus was the last!:コロンブスが最後だった!」であった。
INN特派員:ハンニバル43世 2005年9月4日
New Carthago City