アボリジニ 進化の鍵を握る人々 後編

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City Operator: Masakatsu Gondo

 

 

華奢型と頑丈型

オーストラリアの古代人には2種類のタイプが存在した事が知られている。

レークマンゴーと呼ばれる地域で見つかった人骨は非常に華奢で現代的な特徴を備えてい る。 特に頭蓋骨の厚みは現代のアボリジニと比べても非常に薄く華奢な上、発達した前頭骨と丸い頭蓋、小さな歯などの特徴は、アボリジニ以上に現代的 であった。

一方、カウスワンプで発見された人骨は対照的に頑丈で、後退した額、大きな眼窩上隆起、 厚い頭蓋骨に突出した顎部と大きな歯など典型的な古代型ホモサピエンスの特徴を多く備えていた。

ところがレークマンゴーの現代的な人々は6万年以上も前に遡れるのに対し、原始的な特徴を備えるカウスワンプの人々は、13000年〜6500年前頃まで存在した人々なのだ。

つまりオーストラリアでは、一番古い人々が最も現代的だという逆転現象が見られるのだ。

これらの事実を考える限り、アフリカで進化した現代人が原始的な人々を駆逐して入れ替 わったとする仮説は完全に成り立たない。

しかし、これらの事実は、ミトコンドリアイブ理論とネアンデルタール人のDNA鑑定以来ほとんど無視されつづけてきた。

200011月には、スタンフォード大学のピーター・ アンダーヒル等によって現代人のY染色体のDNAを調べるという最新の研究結果が発表された。 Y染色体のDNAは、ミトコンドリアDNAとは反対に父親から息子にのみ受け継がれる物で、最近新しい研究手法として脚光を浴びて いる。 アンダーヒルのグループは、22の地域から1000人以上の男性のY染色体をあつめ、最新の手法を用いてDNAを調べた。 結果、現代人は59000年前のアフリカに起源があると結論付けた のだ。

ところが同じ研究者グループによるミトコンドリアDNAの研究からは、143000年前のアフリカに起源があるという。 こ のミトコンドリアDNAによる起源は、これまでの研究結果を再確認する形になるが、父系の共通先祖と母系の共通 先祖の間に84000年もの違いがあるということは、どう考えてもこの研究手法の信頼性に疑いを持たざるを得ない。

分子時計

決してDNA研究を完全に否定するわけではない。 それどころかミトコンドリアDNAを調べる事は、各集団の関係を探る上で重要な手段の一つだと考えている。 しかし、ミトコンドリアDNAの変異量を調べる事が分子時計として働くほどの精度を確立出来るとは思えない。 なぜなら、ミトコンドリアDNAが分子時計として働くのは、母親からのみ受け継がれDNAの組換えが絶対に起こらない上、突然変異が常に一定の確率で起こる事が大前提となってい るからだ。

ところがこの大前提が間違っているかも知れないのだ。 ここ数年、父親のミトコンドリアDNAが、卵子の中でも数時間生き残る事から組換えが行われている可能性が指摘されてきた。  事実ラットなどの動物ではミトコンドリアDNAの組換えが確認されていたのだが、人間では組換えが起こっている証拠は見つかっていな かった。

しかし、英国ケンブリッジ大学のエリカ・ハーゲルバーグ等が太平洋のバヌアツ共和国の小 島ングナでミトコンドリアDNAの組換えが行われた明確な証拠を発見したのだ。

博士等は、この地域で人類の移動の歴史を調べるためミトコンドリアDNAの検査を行っていた。

その結果ングナ島を含むこの周辺地域には3系統のミトコンドリアグループがある事が判明した。 ところがングナ島だけで住民の3系統のグループすべてが非常に特異なミトコンドリアDNAの突然変異を持っていることが判明したのだ。 この突然変異は、今まで北欧で見つかった事があるだけで世界のどの地域からも見つかった事が無かった。

もしミトコンドリアDNAが、母親から子供にのみしか遺伝しなければ各グループ間でDNAの組換えは無く、小さな孤島で3系 統のミトコンドリアグループに、世にもまれな突然変異が偶然にも別々に発生したことになる。

しかしこの様な事は確率的に考えてありえないのでDNAに組換えが起こったと考えられるのだ。

更に英国サセックス大学の研究者グループは、「成因的相同と呼ばれる特定のミトコンドリ アDNAの突然変異が異なるグループで共通して起こる現象」の研究から、遺伝子の組換えが行われ ていると考えられると発表した。 これまで成因的相同は、ミトコンドリアDNAの突然変異を特に起こしやすい部分が、偶然に異なる集団で変異を起こしたため起こるとさ れてきた。 しかし、研究の結果ミトコンドリアDNAに特定の変異を起こしやすい領域が存在する証拠は一切発見されなかったと言う。

このようにたとえまれな事でも、父親のミトコンドリアDNAの組換えが起こっているとすれば、これまでの分子時計としての前提は完全に崩れる事にな る。

又、ミトコンドリアDNAの突然変異が常に一定の確率で起こっていると言う事にも疑問がある。

オゾン層の破壊で、地表に降り注ぐ紫外線が問題になっているのが何故かを考えてほしい。  紫外線はDNAの突然変異を誘発する事から細胞の癌化への影響が危惧されているからである。 紫外線が 直接生殖細胞内のミトコンドリアDNAに影響を与えるとは思われていない。 しかし、植物の研究では紫外線の増加が世代を超え た影響を与える事が指摘され、オゾン層の破壊が植物に与える影響が危惧されている。 又、太陽からは紫外線だけでなく様々な放射線が地表に降り注いで いる。 これらの放射線がミトコンドリアDNAの突然変異にまったく影響を与えていないとは言い切れない。

そして人類の長い歴史の中で太陽の活動は常に安定していたわけでは無い。 良く知られて いる11年周期やもっと長い周期で太陽の活動は常に変化している。

つまり地表に降り注ぐ放射線の量は一定してはいないのだ。 もちろん地域によっても大き く変化するだろう。

この事は、DNAの突然変異の確立は一定の割合では起こっていない可能性もあるのだ。

もっとはるかに長い単位、何百万年、何千万年で見ればこのような周期的な変化も平均化さ れて分子時計が成り立つかもしれない。 しかし現代人の起源を考える10万年以下の単位では、変動が偏りすぎて分子時計としての精度には疑問が残る。

人類の生きた時代には、長い氷河期があった。 氷河期の一因として太陽活動が低下した事 も考えられる。 氷河期の間、降り注ぐ放射線量が著しく低下していたと考えるとDNAの突然変異のおこる確率も著しく低下したはずだ。 そうすると、現代人が分岐したのは現 在言われているよりもはるかに前のことになる。

人類の共通祖先が現代人に進化する前、北京原人やジャワ原人に代表されるホモエレクトス がアフリカから世界に広がって行った事は間違いの無い事実とされる。 つまり多くのDNA研究が行きつくアフリカの共通祖先とは、ホモエレクトスの事を指していたのかもしれな い。

いずれにせよDNAの研究だけで、すべての現代人が15万年前のアフリカに誕生した現代型ホモサピエンスの子孫だと言い切ることは無謀と言わざるをえないのだ。

 

新発見

そして単一起源説を覆す有力な証拠がついにオーストラリアで発見された。

20011月、オーストラリア ナショナル大学(ANU)の研究者グループが、1974年にレークマンゴーで発見された約56千年前から68千年前のものと思われる人骨からミトコンドリアDNAを抽出することに成功したのだ。 現在のところネアンデルタール人を含めDNAを抽出できた最も古い人骨になる。

ANUの 人類学者アラン・ソーンによると、この人骨は完全に現代人の特徴を備えているにもかかわらず、そのDNAは他の地域で発見されたアフリカ起源の現代人とまったく関連性は見られないという。  レークマンゴー人のすべての研究結果は、彼らがアフリカからやって来たのではない事を示すという。

このことは、現代人すべてがアフリカからやってきたのではなく、少なくともレークマン ゴー人はアジアで進化を遂げた現代型ホモサピエンスであるということだ。

いっぽう、ミシガン大学の人類学者ミルフォード・ウォルポフも20011月発行のジャーナル・サイエンスの中で、現代人と古代人の頭蓋骨の比較検討結果から、現代人はアフリカ起源だけではなくアフリカ起源の現代人と地域ごと のホモエレクトスや古代型ホモサピエンスの間で混血を繰り返しながら進化した証拠が得られたとしている。

ウォルポフは、従来からカウスワンプ人の頭蓋骨は明らかに東南アジアのホモエレクトス・ ジャワ原人の特徴を引き継いでおり、それらの特徴は現代のアボリジニにまで連続的に引き継がれていると強く主張している。

                      

アボリジニの誕生

レークマンゴーで、現代人の新たな血筋が発見された事により少なくともアボリジニに関し ては、アフリカ起源の直系の子孫ではないと言えるだろう。

それでは、アボリジニは何処から来たのだろうか?

 第一の可能性としては、アジアでジャワ原人や北京原人の子孫の古代型ホモサピエンスから現代型ホモサピ エンスに進化した後、船でオーストラリアに移住してきた可能性である。

 研究者の多くは、古代の東南アジア地域には、古モンゴロイドと呼ばれる集団が存在したとしている。 古モンゴロイド集団は、アジアのホモエレクトスで あるジャワ原人や北京原人から進化したと思われていて、これらの集団の一部がオーストラリアに渡ったとする説だ。

 ロシアの研究者の中には、古オーストラロイド集団を想定し、北方モンゴロイドの進出とともに南北に追い やられ、現在のアボリジニと日本のアイヌ人になったとする説を唱える者もいる。

 確かにアイヌ人の立体的な顔つきは、アボリジニと結びつかなくも無いが、現在のさまざまな研究ではアイ ヌとアボリジニの関係は薄いというのが一般的だ。

 第二の可能性は、そもそもオーストラリアには、まだ発見されていないだけで、すでに何十万年も前から古 代型ホモサピエンスが住んでいて、現代人への進化がオーストラリアも含めて同時多発的に世界で進行した可能性である。

世界の複数の地域、更には海によって大きく隔てられた場所で同時に進化の流れが起こると は一見考えにくいが、シンクロニシティーとして知られるこのような同期現象は歴史上数多く見られる。 身近な例では、猿の芋洗い現象が知られている。

宮崎県串間市から約2km沖合に、幸島という島があるが、1952年、京都大学霊長類研究所が、この島に住む20匹の日本猿の餌付けに成功する。 翌年の1953年に一匹の猿が芋の泥を水で洗って落とせることを発見し、この習性はまたたく間に群れ全体に広がった。  同じ群れの中で新しい習性が伝播する事には何 も矛盾は無いが、後に芋を洗う猿が大分県の高尾山でも発見されたのだ。 もちろんこの2つの地域の猿の間には、いかなるコミュニケーションも存在しないのである。

 その後、猿の芋洗い現象は日本中に広がり、最近では何と台湾の猿まで行っているという。 この様な事がおこりえるメカニズムに関しては、ユングやシャ ルドレーク等が面白い仮説を立てているがここでは本題と関係ないので省略する事にする。

 ここに上げた例は、生物学的な進化とは異なるが、文化的には進化である。 つまり相互にまったくコミュ ニケーションが無い状態でもひとたび進化の流れが確定すれば、進化はほぼ同時におこりえるものなのだ。

まだ証拠が見つかって無いだけで、オーストラリアには何十万年も前から人間が暮らしてい た可能性も否定しきれないのだ。 証拠も無いのにちょっと想像を働かせすぎかもしれないが、オーストラリアにレークマンゴー人が現れたのは、約7万年も前のことなのだ。

ヨーロッパにクロマニオン人が現れたのは、約4万年前である。 オーストラリアの方がヨーロッパより3万年も早く現代人が住みついたのだ。 又、オーストラリアで現代人への新化が独自に起こったと考えるとア ボリジニが、他の人種とまったく違う特徴を備えている事の理由が明確に説明可能になる。

しかし、いずれにせよ、一番古い時代よりオーストラリアに住んでいたレークマンゴー人 が、後のカウスワンプ人や現在のアボリジニと比べても最も現代的な理由は説明出来ない。

 おそらく、すでに解剖学的現代人への進化を完全に遂げていたレークマンゴー人の住むオーストラリアに、東南アジアの密林で進化の流れから取り残された 集団としてのカウスワンプ人が移住してきたのではないだろうか。 カウスワンプ人の祖先は、ジャワ原人そのものだったかもしれない。 事実、オースト ラリアのウィランドラレークからは、カウスワンプ人より更に古く原始的な特徴をもつと思われる人骨も発見されている。 

又、先にも述べたようにアボリジニやカウスワンプ人の古い形質は、特にジャワ原人の持つ 古い形質をそのまま踏襲していると言う。

オーストラリアにどの様な形で最初に人が住み着いたにせよ、現在も残るアボリジニの古い 形質は、後から移住して来たカウスワンプ人(ジャワ原人)との混血の結果形成されたと考えられるのだ。

厚い頭蓋骨に大きな歯などカウスワンプ人のホモエレクトス的特長も、9000年前頃から明らかに少なくなっていき、約5000年前には解剖学的に現代のアボリジニと同じ人々が現れている。 これは、9000年前頃からカウスワンプ人とレークマンゴー人の混血化が始まり徐々に現代のアボリジニを 形成して言った事を示しているのではないだろうか。

 古代人は想像以上に活動的であった。 おそらく後にオーストラリアまで到達したアフリカ起源の人々もいたかもしれない。 オーストラリアまでは到達し ていないとしてもアジアにはアフリカ起源の現代型ホモサピエンスが到達した事は間違いないだろう。 アジアでは、起源の異なる現代型ホモサピエンスど うしが複雑に混血した可能性が高い。

 現代型ホモサピエンスの活発な移動に伴う複雑なミックスもDNAでの祖先の同定を困難にしている一因かもしれない。

 こうして大海で大きく隔てられたオーストラリア大陸のみに、ジャワ原人からつながる古代型ホモサピエンスの特徴を残した人々が残されたのだ。

 

 

 

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2001108日 カルタゴ皇帝 ゴン

 

参考文献及び参考資料

 

石器時代文明の驚異 リチャード・リジリー著 河出書房新社

モンゴロイドの道 科学朝日編 朝日新聞社

現代人はどこからきたか 馬場悠男編 日経サイエンス社

人類の祖先を求めて 馬場悠男訳 日経サイエンス社

最後のネアンデルタール 高山博訳 日経サイエンス社 

歴史読本ワールド 大疑問人類誕生 新人物往来社

地球の歩き方 No.70  ダイヤモンド社

エンカルタ百科事典2000  マイクロソフト社

オーストラリア博物館

 

Web Sites

Peter Brown’s Australian &Asian Palaeoanthropology

http://www-personal.une.edu.au/~pbrown3/palaeo.html

 

Yahoo! News Anthropology and Archaeology

http://fullcoverage.yahoo.com/fc/Science/Anthropology_and_Archaeology/

 

Nature News Service

http://www.natureasia.com/japan/sciencenews/bionews/

 

CNN Interactive News

http://www.cnn.com/

 

訂正:本文中で引用されたエリカ・ハーゲルバーグ等によるングナ島でのミトコンドリアDNAの組換えに関する研究は、後に誤りであった事が判明し、研究者本人によ り正式に撤回されました。

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