The G-Files




File No.9・・・・・生まれる前の記憶

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 生まれる前の事を記憶している子供の話を聞いた事があるだろうか? 意外にも、かなりの子供が程度の差はあれ5歳頃まで、誕生以前の事を記憶しているらしい。私には子供はいないが、この事を裏付けるような貴重な経験をした。ただしここで言う、生まれる前の記憶とは、前世の記憶とは異なるので注意していただきたい。
 この話は2007年の夏、知り合いのお宅にお邪魔した時の出来事である。お盆が近いということで、その家の娘さんが子供をつれて帰省していた。私とも面識のある娘さんと雑談を交わしている内に、彼女が思いもかけない事を口にした。「家の娘、生まれる前の事を良く覚えてるよ」
 まるで当たり前のように、口にしたその一言に、私は釘付けになった。直ぐに、持っていたICレコーダーを用意して、生まれる前の事を記憶していると言う美希(仮名)ちゃんの話を聞くことにした。美希ちゃんは当時5歳の女の子で、物心が付いた3歳頃から、頻繁に生まれる前の事を話していたらしい。勿論、何処まで本当なのかは確認のしようが無いので、ファンタジーとして受け止めてもらっても結構である。しかし、私には、美希ちゃんの話はあまりにも衝撃的だった。

 「美希ちゃん、こっちに来てお話を聞かせて?」美希ちゃんは母親の呼びかけに、目を輝かせて跳んできた。母親によると、無類の話し好きで、話し出したら止まらないと言う。普段は、うるさいと敬遠される話を、この日ばかりは思いっきり出来るとあって、大喜びなのだ。
 私の「生まれる前の事を聞かせて?」と言う質問に、いきなり「暑いから、扇風機があるの! うそよ!」から始まった。「うそよ!」から始まっては、先が思いやられる。しかし、その直後から、私は美希ちゃんの話に引き込まれていった。
 「一番最初は、太陽から落っこちて来るんだよ。グループに分かれて雲の上に落っこちてくるの。最初雲の上に落っこちると、暗いところに落っこちるの」なんと、お腹の中の様子を話すのかと思えば、太陽から雲の上に落っこちてくると言うのだ。しかも、その雲の上の明るいところには、シンボルマークが表示され、それでグループ分けされるらしい。
「男の子と女の子は、別れているんだよ。明るいところにマークが書いてある。でも最初は、何か分からなかった。でも男の子か女の子か分からないんだよね。そしてから、みんな男の子がいいとか、女の子がいいとか、えらぶの。美希が女の子が良かったのは、髪の毛がくるっとなってるから」

 子供の話である。多少意味不明のところは、ご愛嬌だ。しかし、雲の上にシンボルマークが表示されているというのは分かるだろう。どうしてシンボルマークなのか? と言うと、字が読めないかららしい。そのシンボルは、干支や生まれる日、男、女などにより細かく分かれている。弟のシンボルは、羽の無い天子みたいだったという。男の子と女の子のシンボルも別れているが、最初は何なのか分からなかったらしい。男の子が良いか女の子が良いかは、自分で適当に決めると言う。
 ここまでは、驚きでは有るが、想像力たくましい少女のファンタジーの世界と言えなくも無い。しかし、話は思いもかけない方向へと進んでいった。

 「雲の上にいるときは、透明で見えないんだよ。上を向いて歩く人もいるでしょ。でもね、透明だから見えないんだ。お腹の中に入るとだんだん成長してきて見えるようになるの」
 私は、目を丸くした。美希ちゃんは、お腹の中にいるときと、その前を明確に区別して二つの段階に分けていたのだ。しかも、見えるようになるのは、お腹に入ってから成長を始めてからだという。〈太陽に始まり、雲に落ちてきて、更にお腹の中に入ってから成長を始める〉と言う実に一貫性のある話なのだ。
 ちなみに前世の事も記憶しているのだろうかと思い「お空の前はどうなの?」と質問してみた。しかし、返ってきた答えは、「空の前はいないよ。神様が魔法をかけるからだんだん大きくなるんだよ」というものだった。私には、下手に前世の記憶まであるよりは、遥かに話の信憑性が有るように感じた。
 更に、弟の生まれる時の様子が分かるかどうかもたずねてみた。すると「弟は、どうやって生まれたか知らない」と、当然のように答えた。私は、弟じゃないので、そんなの分かるわけがない、とむくれている。この答えも物語が作られているのではなく、記憶に基づいている証拠といえるだろう。

 美希ちゃんの話は更に続いた。雲の上には、あちこちに穴がありその穴から顔を突き出して、下界をのぞいたらしい。そして、神様と一緒に、お母さん選びをしたという。その時、ピンクの可愛い洋服を着たお母さんが好きになった。
 ちなみに、母親によると以前は、父親の事も良く話していたという。「お父さん1人アパートにいて寂しそうにしていた」……と、その様子は独身時代の父親の暮らしぶりを彷彿とさせたらしい。母親を選んだ時は、母親はピンクの可愛い洋服を着ていたと言っているが、その洋服が実際にどの服にあたるのかは確認できていない。
 「好きなお母さんを決めてから、そこに落っこちるの。雲の上に穴があって遠くに生まれたい人は、雲の上から『ふーん』と飛んでいくの。女の子の穴は小さい穴で、男の子の穴は大きい穴。男の子は多いんだよ。女の子は少ないの。雲の中に来てから、顔出してみるの。こんな風にして!そしたらお腹の中に入るの」
 統計的に見ると確かに、出生してくる子供の比率は、世界的に見て男の子の方が多い。この辺りは、科学的にも正しく実に驚くべき事だ。母親を自分で選べると言う事も実に面白い話だとは思わないだろうか。子供は親を選べない! ……と言う常識が美希ちゃんには通用しないのだ。

 しかし、これだけで驚いてはいけない。お腹の中に入ってからの話が、実にリアルなのだ。「お腹の中にいるときは、どうだった?」の質問に、美希ちゃんは、ニコニコしながら話し始めた。
 「いる時は、ふわりふわりしていたんだよ。そして、頭を押して! 頭を押して! 生まれたんだよ。そしたら、落っこちちゃったの!」更に話は続く。「お腹の中はね、暗くて何も見えない。お腹の中は、あったかいの」
 最初に、扇風機があるという冗談を言ったのは、このあったかいという記憶からだったのかもしれない。いずれにせよ、何も補足説明をする必要がないほど話は明快である。
 お腹の中では、最初見えないぐらいに小さいが、だんだん成長して大きくなると言う。この話にも私は驚いたが、最も驚いたのは、「生まれるときは、わかるんだよ」と言い始めたときだ。
 「生まれたいときコンコン(頭でつつくジェスチャー)としても開かないと言う事は、まだまだと言う事! ふわふわっとなったら、頭から出て来るんだよ」さすがに、ジェスチャーを交えながらのこのコメントには、あまりのリアルさに話を聞いていた一同皆驚いた。
 しかし、一番驚いているのは、母親だった。「確かにあなた、生まれる前、よくコンコンつついてたね……あれはそういうことだったのね!」と絶句している。母親にとっては、まさかわが子が、お腹の中で生まれるタイミングを調べていたとは、思いもよらない事だったに違いない。

 生まれるときは、頭を強く押しながら生まれてくる、と言っているが、この時は頭が締め付けられて痛かったとも言っている。両手で頭を押さえながら説明したそのしぐさは、まさに記憶に基づく表現としか考えようが無いものだった。
 次に「生まれたら何が見えた?」の質問の答えは、次のようだった。
「あのね、大人さんがいっぱいいたんだよ。明るくて、ビックリしちゃった。どうして泣くかと言うと、まだお腹の中に居たかったんだよ」
 なんと、生まれて直ぐに赤ちゃんが泣くのは、まだお腹の中に居たくて戻りたかったから、と言うのだ。考えてみれば、安全であったかいお腹の中が良いと思うのは、当然の事である。誕生は、初めて味わう〈不快感〉なのだろう。母親の話では、美希ちゃんは、生まれたときに看護婦さんしか見えなかったとも、話していたようだ。実際、出産が急だった為、医師は出産に間に合わなかったらしい。
 どうだろう? 私が、驚きに目を丸くした事が想像していただけただろうか。以上が、美希ちゃんが、楽しいジェスチャーを交えながら、私に語ってくれた事である。実に一貫性のあるストーリーではないだろうか。勿論、天上の物語の部分は確認のしようも無いが、お腹の中の話は実に具体的で、とても作り話とは考えられない。やはり、実際の記憶に基づくものだろう。

 ところで、美希ちゃんの話で面白いのは、「落っこちる」と言う表現を多用している事だ。〈太陽から雲の上へ〉〈雲の上からお母さんのお腹の中へ〉更には、生まれたときも〈落っこちちゃった〉と表現している。
この「落っこちる」と言う表現は、死と対応させると非常に興味深い。「天に召す」と表現されるように、一般的に死のイメージは、「昇る」と考えられているからだ。つまり、生まれるのは〈天から落ちる〉過程で、死は〈天へ昇る〉過程と対比させる事が出来る。非常に論理的で哲学的なのだ。
 地獄へ落ちるのは別として、死んだ人間が行くところは洋の東西を問わず天国、天上界と常に天なのだ。もしかして、死者が世界中共通に天上界へ昇っていくというイメージは、生まれるときに天から落ちてきたという記憶からきているのではないだろうか?
 そして人の魂は、死と誕生を繰り返す事で、天上界と地上を行き来しているとも考えられる。まさに輪廻転生思想である。もし、美希ちゃんの話が単なる作り話だとしたら、この子は超天才児である。将来は大哲学者となる事だろう。
 しかし、美希ちゃんの話で最も重要な部分は、神様と一緒に好きな親を選んだという事だろう。この事は、逆に親から見れば、子供は自分を選んでくれたという事である。この事が理解できれば、子供を虐待する親はいなくなるに違いない。

 


 学研ムー 第330号に掲載されたものと同等の内容です。
 2008年9月18日 権藤正勝



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